――― どれすちっく らぷそでぃ ―――









ある晴れた、穏やかな午後。

私はシズネさんと一緒にアカデミーの修行部屋を大掃除していた。



山積みされたダンボールの中には、大量の資料や実験器具がわんさと詰め込まれている。

私がまだ目にしていない面白そうな文献もたくさん仕舞われていて、

何だか宝箱を探り当てる冒険者のようにワクワクしながら部屋を片付けていった。



「うわー、懐かしい・・・。こんなのが出てきたよー」



衣装ケースを整理していたシズネさんが、大きな声を上げて一枚のチャイナドレスを引っ張り出してきた。

私が昔着ていた忍服のようなフェイクではなく、正真正銘上質なシルクのロングドレス。

艶やかな漆黒のシルクに色とりどりの細かなビーズが散りばめられ、その一個一個がキラキラと乱反射して、

いいようもない華やかさを醸し出している。

スルスルと滑り落ちていくような手触りは、さぞかし着心地も良いんだろう。

肩の周りが豪華なレース素材に切り替えられていて、裾のスリットもとんでもなく深い。

着る人が着れば・・・、周りの男の人達は瞬殺される事間違いなしなんだろうと思う。



「懐かしいって・・・、シズネさん、これ着てたんですか?」

「うんうん、着たよ。っていうか、着せられた。ちょうどサクラちゃんくらいの時かな。酒場の侵入調査の任務でねー」

「へー・・・」

「こんなデザインでしょう・・・。腰を下ろすと太腿丸見えで、すっかり勘違いしたスケベ親父にベタベタ触り捲くられてね。ホント参った」

「うわ・・・」

「こっちも任務だから手荒な事はできないじゃない? それを良い事にどんどんエスカレートしてきちゃって・・・。

 まあ最後は、膝蹴り一発くらわせて、さっさと逃げ帰ってきたけどね。アハハ・・・」

「ホー・・・」



シズネさんって、私くらいの時にはもうこんな色っぽい服着て任務こなしてたんだ・・・。



しげしげとドレスを眺め、自分がそういう任務に就いた時の事を想像してみる。



えーと・・・、まずは一人前の女として、そういう色っぽい会話を、そつなくこなさなきゃいけないでしょ・・・。

で、酔っ払いを適当にいなしながら、すごーく良い雰囲気に持ってきて、十分に相手をその気にさせといて、

それでもって、必要な情報を間違いなく頂いてくる・・・。

必要とあらば、多少触ったり触られたりはやむを得ないのかなぁ。

なんか嫌だな・・・、カカシ先生以外の人に触られるの・・・。

でも、でも――



「・・・着てみたいなぁ、こういうドレス・・・」



こんな贅沢なドレスを着た事など、もちろんない。

任務抜きで、こういう大人っぽいドレスを一度でいいから着てみたいって・・・、

女の子なら誰でもそう思うよね?



「いいよー、持って帰って着てみれば? どうせしばらく使う予定なさそうだし」

「えっ、本当ですかー!?」



やった・・・!

ここで着るのはさすがに恥ずかしいけど、家の中なら誰にも見られないから大丈夫。

どうしようもなく似合わなくたって、誰かに馬鹿にされる心配もないし、

とんでもなく似合っちゃったりしたら、思う存分自己陶酔できる・・・。



「うふふふふ・・・」



悦び勇んでドレスを持って帰った。










今日はカカシ先生の部屋へ立ち寄って、晩御飯を作る約束をしている。

スーパーの買い物袋をぶら下げ、商店街の店先をいろいろ覗き込んでみても、

頭の中に浮かぶものは今夜のメニューではなく、あの黒いドレスの事ばかり。



いけない、いけない・・・。



ぶんぶんと頭を振って、無理矢理ドレスの事を頭から追い払おうとするんだけど、

気が付くとついつい同じ事を考えている。



どんな感じなんだろうな。私にも似合うかな・・・。黒いスリットから白い脚が見え隠れ・・・。うわぁ・・・。








本当は、家まで我慢するつもりだった。

一人でこっそりとドレスアップして、それで満足するはずだったんだ・・・けど・・・。



カチコチカチコチ・・・



キッチンに晩御飯の材料を放り投げたまま、視線はずっとバッグの中にあるドレスの方を彷徨っている。

今はまだ六時。

カカシ先生が帰ってくるのはきっと八時過ぎ・・・。






ちょっとだけなら・・・、ちょっと着てすぐ脱いじゃえば気が済むから・・・。






どうしても誘惑には打ち勝てなかった。

適当に言い訳を見繕うと、ご飯作りはそっちのけでいそいそとドレスを身に纏ってみた。



スルスルスル・・・ ストン――



纏わり付くことなく、素肌の上を滑らかにシルクが滑り落ちていく。

ひんやりとした独特の感触に、思わず背筋がピンと伸びた。



うわ・・・凄い・・・。

腰骨の間際まで切れ上がったスリット。

これじゃ、下着は・・・、ひょっとして着けられない?



「うーん・・・、スパッツはさすがに穿けないよね・・・」



かなり気を付けて歩かないと、お尻が見えちゃいそう。

胸元だってギリギリのところまでシースルーだから、これまた下着を選ばざるを得ない。

本当は下着なしの方が格好良いのかもしれないけど、私の場合、2,3個余計にパッドを詰め込まないと

スカスカに隙間が空いてしまいそう・・・。

おかしいなぁ・・・。ちゃんと牛乳飲んでるんだけどな・・・。



「・・・ガーン・・・」



でも、姿見に映った大胆なドレス姿に、自分でドキドキしてしまった。

ポーチに入れっ放しで普段あまり使うことのない化粧道具を引っ張り出し、簡単に肌色を整えてみる。

アイラインをくっきりと描き、鮮やかな口紅を塗ってみた。

それだけでも、かなり違った印象になる。



おぉ、結構イケるんじゃない?



後ろ髪を持ち上げ、鏡の前でいろいろとポーズを取ってみる。

わざと太腿を曝け出してみたり、腰を捻ってお尻を突き出してみたり・・・。

ニッコリ笑って唇を窄めてみたりもして、自己流悩殺ポーズをあれこれ披露してみた。



うんうん、我ながら中々の出来栄えだわ・・・。



まるで女優さんにでもなったみたい。

素敵なドレスを着て、綺麗にお化粧して・・・。

うふふふ、これなら私にだって、その手の任務OKかも・・・。



思いっ切り自己満足に浸ってうっとりしていたら、



ガタン――



部屋の入り口で大きな音が鳴り響いた。






「えっ!?」

慌てて目を遣ると、カカシ先生が絶句した表情で、呆然と突っ立っている。



もうそんな時間!?

あたふたと時計を見ると、あれから三十分しか経っていない。

どうして今日に限ってこんな早く帰ってくるのよぉ・・・!



「あ・・・、お帰りなさい。カカシ先生・・・」

「・・・どうしたの、それ・・・?」

「あ・・・えーと、その・・・、何でもないの。ごめんなさい、すぐ着替えるから・・・」



うわ・・・やだぁー、恥ずかしい・・・。絶対変に思われちゃったよ・・・。

自分の服を慌てて掴み、別の部屋へと向かう。

真っ赤になってそそくさと消え去った私に代わって、鏡の前には、思いっきり困惑した顔のカカシ先生だけが残った。









面白半分で着てみただけのチャイナドレス。

『へぇー・・・、結構似合うじゃない』

からかい半分にそう言ってくれたなら、もうそれでこのドレスの事は終わりになるはずだったのに。

単なる笑い話で済まされたのに・・・。



「・・・・・・」



あれっきり、先生は口を利いてくれない。

何やらムスッと怒ったような恐い顔で、大急ぎで拵えた晩御飯をただ黙々と食べているだけだった。



「あのね、あのね・・・、今日、アカデミーでね・・・」



場を明るく盛り上げようと、必死になって話題を探す。

でも、「ああ・・・」とか「うん・・・」とか、返ってくるのは気のない返事ばかり。

とうとう私もいたたまれずに、黙って箸を進めるだけになってしまった。



「・・・・・・」

「・・・・・・」



ガチャ・・・ガチャ・・・



「・・・・・・」

「・・・・・・」



食器が触れ合う音ばかり響き渡る。

そんな不機嫌になるほど似合わなかったのかなぁ・・・。



「・・・・・・」

「・・・・・・」



モグモグ・・・パクパク・・・



「・・・ご馳走様でした・・・」

「・・・でした・・・」



はぁ・・・、やっと食べ終わった・・・。

なんとも気詰まりな食事が済んで、どっと疲れが押し寄せてきた。









「お茶でも入れよっかなぁ・・・」



薬缶を火にかけ、だらだらと湯飲み茶碗を用意していると、カカシ先生がひょこんと顔を出した。



「サクラ・・・、オレ明日任務が急に入っちゃったからさ、今から少し用意しなきゃなんないのよ・・・」

「あ・・・、じゃあ私帰るね」

「悪いな・・・。送ってく・・・」



慌てて火を止め、帰り支度をする。

今日はこれで帰れって事ね・・・。

ちょっとだけ・・・残念・・・。






テクテク・・・



月明かりも見えない夜道を、カカシ先生と並んで黙々と歩いた。

元々二人でいる時は口数の少ない先生だけど、今日は少ないどころではない。

真っ直ぐ前を見たままの横顔がやっぱり怒っているような気がして、何だか妙に先生が遠かった。



あーあ・・・、あの格好、そんなに気を悪くするほど似合わなかった・・・?

似合わないなら似合わないなりに、何か言ってくれれば救われるんだけどな。

私から「どうだった?」って聞くには、どうにも雰囲気が拙すぎるし・・・

もう、カカシ先生ったら何か喋ってよ!



「・・・・・・」

「・・・・・・」



気まずいまま押し黙って歩いていると、やがて私の借りている部屋が見えてきた。



「ここら辺で良いよ、カカシ先生」

「ああ・・・」

「任務・・・がんばってね」



大きくニッコリと笑顔を作り、わざと明るい調子で話しかけた。

カカシ先生も口元だけは小さく笑っているけれど、目元は相変わらず険しいまま。

最後の最後まで気詰まりなままだなんて・・・。



「サクラ・・・、いつ・・・なんだ・・・?」

「え・・・?」

「いつ・・・任務に行く・・・」

「任務・・・? 任務って・・・?」



先生知ってるじゃない、私のスケジュール。

細かい任務内容は伏せているけど、いつ予定が入っているかはちゃんと伝えているでしょう――

一体どうしたんだろうと、一瞬返事を言い澱んでしまったのをカカシ先生が見逃すはずがない。



「そうか・・・そうだよな。言える訳ないよな・・・。悪い、ごめんな。・・・じゃっ!」



ポフッと頭を軽く叩いて、ぎこちない笑いを残しカカシ先生が帰っていく。



「・・・は?」



残された私は――

何やら釈然としなかった。



一体何なの、今日のカカシ先生。一人で勝手にムッとして、一人で勝手に納得して・・・。



無性に腹立たしくなり、乱暴にバッグの中から鍵を取り出す。

ガチャガチャと鍵を開け、ポン・・・とベッドの上にバッグを放り投げた。



パサ・・・

開いた口から黒い布地が見え隠れしている。



「全く、このドレスのせいで・・・」






必要以上に肌を露出させる大胆なデザイン。

                   『酒場の侵入調査で・・・』

面白半分でしてみた派手な化粧。

                   『ベタベタ触り捲くられてね・・・どんどんエスカレートして・・・』

鏡の前で取ってみた挑発的なポーズ。

                   『いつ・・・任務に行く・・・』






え・・・、まさか・・・。



カカシ先生、とんでもなく大間違いしてる!?